日本の食文化を支える発酵食品は、いろいろな微生物によって作られています。その中でも麹は日本の発酵微生物の頂点に立つと言っても過言ではないほど、さまざまな発酵食品の製造にかかわっています。日本酒や焼酎、味噌、醤油、みりんなどの他、三五八漬などの漬物にも利用されています。近年では塩麹ブーム、甘酒ブームなどもあり、麹を使った調味料や食品がますます注目されています。
これほど麹菌は日本の食卓に身近でありながら、どんな麹菌を使っているかについては、あまり意識されていません。例えばヨーグルトと比較すると違いは明確で、スーパーやコンビニなどで見かけるヨーグルトには使っている乳酸菌の株名や通称が書いてあります。日本酒でも、酵母の名前が書いてあることはありますが、麹菌の株名が消費者に意識される場面は少なくなっています。日本で実際に用いられている麹菌株の個性を明らかにし、麹菌株で発酵食品を選ぶような食文化が広まることを願ってこの研究はスタートしました。
麹菌ゲノムの大規模解析による家畜化の歴史
日本全国の種麹屋の方々にご協力いただき、現在使用されている麹菌株、計82株のゲノム解析と比較を行いました。この研究が行われるまで、麹菌のゲノムデータは十数株分しかありませんでしたが、この研究によって麹菌のゲノムデータが大幅に増え、それぞれの株の起源や歴史を推定することが可能になりました。ゲノムデータの比較から示されたことは、これまで麹菌 (Aspergillus oryzae) は、祖先となるカビ (A. flavus) を手なづけ、改良を重ね、毒性を取り除いて得られたものだと考えられてきました。しかしながら、ゲノムデータが示していたのは、毒性を失ったから麹菌になったのではなく、もともと毒性を失った麹菌を選んで取ってきたのではないか、ということでした。また、現在では有性生殖が起こらないと考えられている麹菌ですが、現在の麹菌に至る前の祖先株では有性生殖が起きていたことをゲノムデータは示していました。
麹菌の有性生殖については様々な研究が積み重ねられていますが、ひょっとすると私たち人間が気がつかないところで有性生殖をしているのかもしれませんね。
この内容はDNA Research誌にて論文が掲載されています。詳しくはこちらをご参照ください:[論文] [東工大プレスリリース]
焼酎麹の白色化に伴うゲノム変異と発酵特性の変化
こちらの研究も種麹屋の方々にご協力いただき、焼酎醸造に使われる麹菌 (A. luchuensis) のゲノム解析と比較を行いました。焼酎醸造に使われる麹には「黒麹」と呼ばれるものと「白麹」と呼ばれるものがあります。黒麹は古くから使われてきた麹菌で、その名の通り真っ黒な分生子と呼ばれる胞子を作ります。一方、白麹は近年の焼酎醸造では広く用いられているもので、黒麹の突然変異によって生み出されたものです。黒麹と白麹で作る焼酎の違いについては様々な方が様々なご意見をお持ちですので、別のところでの議論に譲りまして、この研究では、黒麹4株と白麹株5株のゲノムデータの違いを明らかにしつつ、それが発酵特性にどのような違いを生み出しているかについて研究を行いました。ゲノムデータを比較すると、まず色素合成に重要な遺伝子が白麹では変異が入っていました。これは以前から知られている遺伝子ですので、当然そうなります。興味深いのは、別々の種麹屋で作られた白麹株ではあるものの、いくつかの遺伝子で共通した変異が入っていたことでした。その中の一つに「イソクエン酸リアーゼ」という酵素があり、この酵素は糖新生反応に重要な役割を持つ酵素として知られています。糖新生ができなくなった理由は今のところわかりませんが、白色化することで、糖新生の能力が邪魔になったのだとしたら、どういう経緯でそうなったのか、興味深いですね。
この内容はFungal Genetics and Biology誌にて論文が掲載されています。詳しくはこちらをご参照ください:[論文] [東工大プレスリリース] [国立遺伝研] [ぐるなびニュースリリース]