山梨県(甲府藩)の食文化
調査班:小林生成 富田志保 調査日:2018年8月28-29日
1. 風土・歴史 次へ 目次
甲府測候所の気象データでは、年平均気温は14.7℃、月平均気温で最も暖かいのは8 月で26.6℃、一方で最も寒いのは1 月で2.8℃となっています。夏には最高気温が30℃を超えることがありとても暑い日がある一方、冬は最低気温が氷点下になるような寒い日があり、寒暖の差が大きいのが特徴です。日照時間は年間およそ2,200 時間で全国平均(約1,900 時間)に比べて長く、年間降水量は約1,100mm と全国平均の1,718mmに比べてかなり少なくなっており、日照条件に恵まれた地域といえます。これは山梨県が海から遠く周りが山脈に囲まれており、台風や低気圧などの影響が受けにくいためと考えられます。
16世紀の武田氏は戦国大名として発展して甲府につつじヶ崎館や要害城を築き、ここを拠点に天下統一を目指しました。1582年、武田氏滅亡後の甲斐国は織田、豊臣、徳川と支配が移り変わり江戸幕府の下で甲府藩・多兄村藩が成立しました。しかし、1724年には幕府直轄地となりました。
現在は盆地の特徴である気温差をいかして、ぶどうやももなどの果物の生産が盛んです。また山梨県の地形は、帯水層が多くあり、きれいな水が採取できるということも特徴のひとつです。
(小林生成、富田志歩)
2.調査した郷土食
2.1. 甲州小梅 前へ 次へ 目次
フルーツ大国である山梨は、桃やぶどうの生産量が第一位なのは有名ですが小梅の生産量も第一位なのです。山梨は盆地なので、昼は暑く夜は寒い気候をしています。この気候によって山梨で採れる甲州小梅は一番種が小さく肉が厚いという特徴を持っています。なぜこの特徴を持つのかというと、日中暑く光合成が盛んに行われて、夜中寒く呼吸があまり行われないので、栄養価が小梅の中に溜まるからです。
カリカリ梅と普通の梅干しに使われる小梅の品種は同じですが、収穫時期が違うのだそうです。
普通の梅干しの場合、5月末から6月に収穫されたものを使用しています。それを洗いサイズの選別を行い塩をふります。この状態だと、漬けている液体の上の方が濃く下の方が薄くなるため、下の方の溶液を上の方に流してやる工程を行います。最終的には塩分濃度17%ほどになるそうです。これを水洗いをして二泊三日ほど天日干しをします。この天日干しの間毎朝ゆすり、面と裏をひっくり返します。
カリカリ梅は、天火干しをしないので、梅漬と呼ばれます。
カリカリ梅用の小梅は普通のものより収穫時期が早く、5月の連休明けから収穫したものを使います。これを洗い5%の塩水と炭酸カルシウムとにがりを入れて蓋を閉め漬けます。にがりを入れることで、にがりに含まれる塩化マグネシウムが味や食感がよくするそうです。また炭酸カルシウムを入れるとペクチン同士がくっつき水溶性ではなくなるそうです。不溶性のペクチンには便秘を解消する作用があります。
7月までに塩分濃度を21%にして最後水洗いにし、調味液に10日ぐらい漬けて完成です。
昔、小梅はデパートで売っているような高級食材で青いダイヤと呼ばれていました。山梨は小梅の栽培に適しており、手がかからない作物だったため生産量が増え、低価格となりました。このためスーパーでも小梅が購入でき、多くの人にとって身近な存在になったそうです。
熱中症対策としてだけではなく梅干しは健康に良いので冬も毎日食べて欲しいと生産者の方はおっしゃっていました。
<調査協力>
長谷川醸造株式会社
山梨県南アルプス市鏡中條3481
http://www.umeume.co.jp
2.2. 煮鮑 前へ 次へ 目次
山梨といえば、桃やぶどうといった果物や海のない県のイメージを持つ方が多いと思います。しかし、山梨の郷土食の一つに「煮鮑」という海産物である鮑を醤油で味付けした保存食にしたものがあるのです。
この煮鮑の起源は江戸時代の終わりの頃、醤油が紀州(紀伊国の別名、今の和歌山県あたり)から江戸(今の東京あたり)に伝わってきた頃に作られ始めたとされています。
この時代に駿河の国(今の静岡県沼津方面)に買い出しに行ったら、立派な鮑が売られており、これをどうにかして山梨山国甲州の人々になんとか生の味で食べてもらう方法はないかと考えたのが起源とされています。
さわらの木で作った樽に鮑と醤油を入れ、馬に乗せて運んだそうです。静岡から山梨を運ぶ際には中道往還という街道を使いました。この中道往還が山梨以外に煮鮑と似た郷土料理がない鍵なのです。
この中道往還は山梨と静岡をつなぐ最短距離の道なのですが、とても険しい道なのです。険しい道を馬が運ぶことによって、馬の体温が上がり鮑にちょうどよく味が染みたとされています。また、運ぶ距離も長くないため、鮑が腐らなかったそうです。
また醤油で煮ることで、旨味成分であるグルタミン酸やアスパラギン酸が増えて旨味が増し、質もよくなっていることが分析の結果わかっています。試食させていただいたのですが、生の鮑よりも柔らかく臭みがないので食べやすく、噛めば噛むほど醤油の味と鮑の味が出てきて飲み込むのが惜しく感じてしまうぐらい美味しかったです。
この煮鮑は現在では結婚式やお歳暮に送られていることが多いそうです。 是非、一度お取り寄せしてみてはいかがでしょうか?
<調査協力>
有限会社 みな与商事
山梨県甲府市中央3-11-20
https://minayo.co.jp
2.3. 甲州味噌 前へ 次へ 目次
みなさんは普段どの地域の味噌を使っていますか?おそらく信州味噌をお使いの方が多いかと思います。今回はその信州のすぐそばにある山梨県の味噌、甲州味噌について調べてきました。
甲州味噌は米麹と麦麹の両方を使った合わせ味噌です。一方、信州味噌は米麹、八丁味噌は豆麹、九州味噌は麦麹のみの味噌です。
全種類味見させていただきましたが、甲州味噌は麦味噌や米味噌よりもコクがあり、豆味噌よりもあっさりしていました。野菜をいっぱい使った山梨の郷土料理である「ほうとう」にまさにぴったりな、深みのあるお味噌でした。
麹を2種類使うだけに、甲州味噌は他の味噌よりもつくる手間がかかります。
まず、米麹をつくるために、米を洗って吸水させてから圧力なべで蒸します。これにこうじ菌をまき、人肌くらいの温度に下げた麹室で、こうじかびを2日間ほどかけて生やしていきます。こうじ菌による発酵熱によってこうじ菌自身が死んでしまうことがないように、床という大きな容器に米を広げるのがポイントです。
同様の作業をして麦麹もつくります。次に圧力なべで大豆を煮てつぶし、米麹、麦麹、塩を混ぜて、木桶で半年から10か月間かけて発酵させて、甲州味噌ができます。
発酵は製造過程で自然に増える乳酸菌と酵母菌によって進みます。
なぜ他の味噌よりも手間のかかる合わせ味噌が山梨県で生まれたかというと、盆地である山梨県では米の収穫が少なかったために、麦も使ったからだそうです。
武田信玄が戦中食に甲州味噌を使ったほうとうを食べていたという逸話もあり、この地域では甲州味噌が昔から親しまれていました。
ただ武田信玄が甲州味噌ではなく、信州味噌を戦中食にしていたという逸話があったり、全国みそマップに甲州味噌の名前がない、山梨県民も甲州味噌を知らないといった知名度の問題があります。全国的にも、九州味噌は最近麦麹100%ではなく米麹を少し足した味噌が普及しているなど、時代とともに味噌の味に変化があるようです。今回取材に協力してくださった五味醤油さんは、甲州味噌を後世に残していくために手作りみその教室を開いたり、甲州味噌の歌を作ったりと普及活動に尽力しています。
そんな五味醤油さんおすすめの甲州味噌の食べ方は、ほうとうと焼きおにぎりだそうです。ご興味のある方は、ほうとうや焼きおにぎりをいっぱい食べて、後世に甲州味噌を残していきましょう!
<調査協力>
五味醤油株式会社
山梨県甲府市城東1-15-10
http://yamagomiso.com
3. 最後に 前へ 目次
今回の調査を通して、製造者の方々の作っているものに対する、強いこだわりと愛を感じました。この記事を通し、甲州小梅、煮鮑、甲州味噌を普及し後世に残すことに少しでも貢献できたなら幸いです。
長谷川醸造様には「製造過程ぜんぶ教えてあげる!」と工場内を案内していただいたほか、各製造段階の梅干しを試食させていただきました。また、文化的なつながりなどの質問に対し丁寧に答えていただきました。みな与様は「国内産のアワビしか使わないのだ」と原材料へのこだわりや、煮ることによる科学的な効果、発祥理由について詳しく教えてくださいました。五味醤油様は味噌各種類の試食や麹のスライド、工場の案内を通して甲州味噌について詳細に教えてくださいました。
お忙しい中時間を割いていただき、製造過程など貴重なお話をしてくださった訪問先の皆さまに深謝いたします。
(小林生成、富田志歩)
参考資料
・山梨県山梨市ホームページ(http://www.city.yamanashi.yamanashi.jp)
・国土交通省ホームページ(http://www.mlit.go.jp)
・みな与ホームページ(https://minayo.co.jp)
・山梨県庁ホームページ(http://www.pref.yamanashi.jp/index.html)
・良好倶楽部(https://ryoko-club.com/nutrition/pectin-effect.html)