島根県(出雲市、松江市)の食文化
調査班:李紫鳳、矢部潮音 調査日:2018年9月13日-14日
1. 風土・歴史 次へ 目次
古代の出雲・石見・隠岐の三国に起源を持つ島根県には豊かな古代文化が残っています。神話の舞台となった出雲は、出雲大社をはじめ数多くの古社があります。出雲大社は広く信仰を集め、多くの人々が出雲大社へ参拝に訪れます。特に、全国の神が出雲に集まるといわれる「神在月」には、多くのの祭りが行われるため、より一層賑わいます。
現在、島根県は少子高齢化が進んでおり、その対策としてUIターンといった移住の支援を島根県が行っていることから移住先として人気を集めています。また、出雲そばなどの、島根県のグルメを生かし、地域振興を行っています。
また、来年(2019年)には『ホーランエンヤ』と呼ばれるお祭りが開催されます。このお祭りは松江城山稲荷神社式年神幸祭の通称であり、日本三大船神事の一つとして認められ、10年に1度行われます。約100隻の船が大橋川と意宇川に出され、船上で披露される唄や踊り、衣装だけでなく、船も見どころとなっている絢爛豪華なお祭りです。
2.調査した郷土食
2.1. 出雲そば 前へ 次へ 目次
島根県のグルメといえば、出雲そばが有名です。出雲そばは調理法や食べ方が独特であるため、島根県の重要な観光資源としても生かされています。2016年までは、毎年「神在月」には「出雲そば祭り」が行われていました。出雲そばを求めて多くの観光客が出雲を訪れています。 出雲そばは、松本城主だったそば好きなお殿様の松平直政が、信州から松江へ移った際、そば職人を連れて蕎麦切を伝えたことに由来すると言われています。そば切が伝わる前は、出雲ではそばがきなど、団子状のそばが食べられていました。出雲大社を訪れる観光客が増えるにしたがって、出雲そばが広く知られるようになり、徐々に有名になりました。
出雲そばは温かい「釜揚げそば」と冷たい「割子そば」の二種類があります。「釜揚げそば」は温かいそばで、「割子そば」は冷たいそばです。調理方法にも違いがあります。「釜揚げそば」はゆでたそばを直接どんぶりに入れ、釜のお湯も入れますが「割子そば」はそばをゆでたあと洗って氷で冷して、割子という容器に乗せて出します。
割子の起源は、そばを持ち歩く際に使用していた容器にあるそうです。最初の割子は四角形でしたが、食べにくく、洗いにくいため、四角形から八角形に変わり、今では円形になりました。「釜揚げそば」の特徴は、そば湯に入ったどんぶりで提供されます。そばが入っているどんぶりに薬味とそばつゆを入れて、味を調節して食べます。
出雲そばは、蕎麦の外皮の一割に満たない甘皮と、中の実を製粉し、それをそばの材料として使います。そのため、殻を全て外して真ん中の実だけを使う江戸そばより、見た目は少し黒くなりますが、繊維質の甘皮が入っているため、栄養価が高く、香りが出ます。
趣味で栽培したそばを使ってそばを打ち、知り合いに振る舞う方も多いそうです。そば打ちを生活の楽しみの一つにしている方も多いそうです。
(李)
<調査協力>
有限会社羽根屋 羽根屋本店
〒693-0001島根県出雲市今市町本町549
https://kenjosoba-haneya.com/shop
2.2. 津田かぶ漬け 前へ 次へ 目次
津田かぶは松江市津田地区で栽培されてきたもので、勾玉のように湾曲しており、表皮は紅紫色で身の中は白く、切り口の赤と白の鮮やかさは津田かぶ独特のものです。津田かぶの由来については明らかではなく、松平直政公時代から栽培されていたと伝えられています。中国地域野菜技術研究会によると、1870年頃に東津田の立原衛氏が品種改良に取り組み、根の部分が勾玉状で紅色が鮮やかなかぶの育種に成功し、これが今日の津田カプの原形と考えられています。
津田かぶ漬けは、津田かぶがもつ色の鮮やかさと風味を生かして作られています。作り方は、まず八百万の神が来るという11月に、かぶを寒風にさらして干します。これにより、ぱりぱりの食感と保存性を高め、かぶ本来の風味を強めることができます。宍道湖は汽水湖で多少の塩分を含んでいるので、湖畔は津田かぶ漬け用のかぶを干すには最適な場所になっています。次に、干された津田かぶを色と形で選別します。漬け込み方法には浅漬け、酢漬け、千枚漬け、ぬか漬け、甘酢漬けなどのバリエーションがあります。ただ、津田かぶの色を生かすため、ぬか漬けを避ける場合もあります。
けんちゃん漬の成相善美社長によると、津田かぶ漬けは大部分が地産地消で、出雲から松江にかけて、冬の食卓に欠かせないものとなっているそうです。一方で、津田かぶ漬を全国に広めようとする取り組みも行われているとのことでした。認知度を高めるためには時間がかかりますが、農家さんたちはお互いに情報交換をしながらより良い津田かぶ作りに励み、漬物屋さんたちは宣伝などに力を入れているそうです。津田かぶ漬けを全国に広めていこうという決心が強いことがわかりました。
(李)
<調査協力>
有限会社けんちゃん漬
〒699-0711島根県出雲市大社町逢堪403番地
https://kenchanzuke.com/
2.3. 宍道湖七珍 前へ 次へ 目次
「宍道湖七珍」は、島根県の汽水湖、宍道湖で一年を通して獲れる地域固有の水産資源を活用した郷土料理群です。代表的な7種の魚介類、スズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シラウオ、コイ、ヤマトシジミを指します。7食材の頭文字をとって「すもうあしこし」と呼ばれています。
七珍の伝承・言い伝えや起源については文献がしっかりと残っているわけではなく、諸説あるそうです。多様性に富んだ宍道湖の食材から七珍が選ばれる過程では沢山の議論があったと伝えられています。今回お話ししてくださった濱田料理長によると、はじめは今の七珍ではなく八珍であったそうです。また、八珍の候補として挙がっていたキスは海の食材のため外されたと言われているとお話ししてくださいました。
宍道湖七珍の起源は、一説によると昭和5年(1930)、松井柏軒が松陽新聞に「宍道湖の十景八珍」を発表し、連載したのが始まりとされています。この記事では宍道湖の絶景と豊かな水産物が紹介されており、宍道湖が観光資源と水産資源を併せた生態系サービスの豊かな汽水湖であることがわかります。また、「宍道湖七珍」という言葉は、隣接する中海の干拓計画を契機として1958年に発足した「湖に別れを惜しむ会」が中心となって生まれたそうです。
スズキは『古事記』の出雲国の国譲り神話で国譲りの和議が成立した際の酒宴の席にも登場します。また、スズキの代表的な調理法である「スズキの奉書焼き」には松江藩7代藩主松平治郷(不昧公)の食にまつわる逸話があります。漁師が魚を焼いて食べているのを見た不昧公が所望したところ、そのままでは恐れ多いと奉書に包んで蒸し焼きにして献上したそうです。不昧公はこれを大変気に入り、好んで食べたそうです。
シジミは栄養価の高さ、成分としてはアミノ酸の一つであるオルニチンが注目されています。昔から肝機能障害に対して有効といわれてきた経緯もあり、肝機能や疲労回復効果があるとされ、七珍の中でも島根県民にも広く親しまれている食材です。
シラウオは1930年代、東京や大阪の一流料亭から『松江のシラウオは日本一』の評価を得たとも言われています。
今回調査に伺った「日本料理 松江 和らく」では、素材の味を生かしつつ七珍すべての食材を同じせいろに乗せることで、『お店で食べる郷土料理』というイメージを表現しているそうです。
(矢部)
<調査協力>
日本料理 松江 和らく
〒690-0007 島根県松江市御手船場町565
http://wa-ra-ku.net/
2.4. さいしこみ醤油 前へ 次へ 目次
さいしこみ醤油の発祥は山口県の柳井市といわれています。しかし、手掛ける蔵元は全国的に点在していて、島根県では他県に比べ蔵元が多いのが特徴です。今回の調査では、松島屋有限会社、島根県醤油工業協同組合の方々に協力していただきました。
さいしこみ醤油は、その名の通り再び仕込むことが特徴の濃厚な醤油です。一度目の仕込みは濃口醤油と同様に、大豆と小麦を麹にしたところに食塩水を加えてもろみを作って行われます。二度目の仕込みについて、濃口醤油は食塩水で仕込む一方で、再仕込醤油は濃口醤油を使って仕込みます。一度目の仕込みで出来た醤油を瓶詰めして商品とするのではなく、仕込み水としてもう一度活用することで醤油をより濃厚にし、よりうま味を引き出すことができ、味や香りに深みが生まれます。濃口醤油を作るのに半年から一年、仕込み直しをするとさらに一年ほどかかる場合が多いため、トータルで2~3年かけて仕込むことになります。また、酵母の働きを活性化させるためにひと夏越させることが必要だそうです。
以上のように作られるため、一般の醤油と比べ、とろみがあり食材と絡みやすいという特徴をもちます。また、一度仕込んだ醤油で再度仕込むので、色が濃くなります。うまみ成分(窒素などを含んだエキス)が多いのですが塩分は低く、適度な甘味が食材の味を引き立てます。この甘味は水あめや砂糖による還元糖由来の甘味と、麹菌の活動によって生まれるものです。
さいしこみ醤油誕生には言い伝えがあります。お殿様に献上する際、普通の醤油では味が薄かったと言われてしまいました。もう一度仕込んでから献上したところ、お殿様に喜ばれた、というものです。古くからあるものですが、島根県内に広まったのは戦後になってからだと言われています。二度仕込む過程を含むことで高値になるためだと考えられています。
島根県には、各家庭において、かけ醤油(主に刺身、冷奴など直接かけて使用するもの)、濃口、淡口の3種類の醤油を用意し醤油を使い分ける文化があるそうです。また、御用聞きの文化が最近まで続いていたため各家庭で使う醤油屋さんが決まっていました。そのため、大企業の醤油がスーパーやコンビニなどで置かれても地元の醤油屋さんを選ぶ家庭が多いそうです。このような地元の商品を選ぶ傾向が地産地消の文化を生みだし、地元の蔵元が消費者と支えあっているのだろうということでした。
島根県はだしを含んださいしこみ醤油を多く生産しているそうです。「原料をどれだけ液体に含ませるか」がキーポイントだそうです。刺身や寿司に合わせるだけでなく、煮物や照り焼きなどに使用してもおいしくいただけます。うなぎの蒲焼きは必ずさいしこみ醤油で食べるというこだわりを持った方もいらっしゃるそうです。最近ではさいしこみ醤油を店頭に並べない醤油屋さんも多くなってきたそうで、醤油蔵元の後継者問題はこれから深刻化していくだろうとのことでした。
(矢部)
<調査協力>
松島屋有限会社
〒690-0042 島根県松江市栄町15-1
http://matsushimaya.jp/
島根県醤油工業協同組合
〒690-0065 松江市灘町1-6
http://www.crosstalk.or.jp/sensinkumi/syouyu/syouyu1.htm
3. 最後に 前へ 目次
けんちゃん漬けの成相様より津田かぶ漬けの原材料を初め、漬けこむ方法、地域食文化との関わりなど、貴重なお話を伺えることができました。ありがとうございます。
島根県は、自然景色が美しく、歴史が古く、人々が親切でやさしいというところを今回の食文化調査で分かりました。とてもいい思い出になり、また友人を連れて島根県に再び行こうという気持ちが強く感じております。
松島屋の井原様、蔵の見学とともに醤油造りの基礎から製造の流れにそって教えてくださりありがとうございました。また、醤油島根県醤油工業協同組合に連れていってくださり貴重な体験をさせてくださったこと感謝申し上げます。
島根県醤油工業協同組合の矢田様、急な訪問に関わらず丁寧に対応してくださりありがとうございました。島根県に多い甘い味付けについての考察をお聞きしたことがとても心に残っています。漁師さんが多いため、効率的なエネルギー補給が必要だったためかと考えをお聞きし興味深いなと思いました。
島根県に訪れるのは初めてではありませんでしたが、何度行ってもいつも楽しい気持ちになります。出雲市の大社を中心としたムードや、松江市の栄えながらも落ち着いている雰囲気はとても心地よいものです。皆さんにぜひおすすめしたい県です。
参考資料
・全国漬物探訪 「中国地域の特産野菜」中国地域野菜技術研究会 平成5年7月1日
(http://www.kyuchan.co.jp/labs/tanbou/shimane/)
・【神々のふるさと山陰】観光ポータルサイト
(http://furusato.sanin.jp/p/area/matsue/69/)
・島根の豊かな川と湖 島根県サイト
(http://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/yutakana/shiichin.html)
・日本シジミ研究所
(https://sijimi-lab.jp/)
・醤油・米酢 醸造元 松島屋
(http://matsushimaya.jp/47.html)
・職人醤油
(https://www.s-shoyu.com/knowledge/0305)
・ホーランエンヤ2019 公式ホームページ
(https://www.ho-ran2019matsue.jp/index.html)