三重県(桑名藩、鳥羽藩、紀州藩 他)の食文化
調査班:近藤恭平、劉揚新 調査日:2018年8月29日、30日
1. 風土・歴史 次へ 目次
伊勢神宮
御食つ国
三重の製塩
2.調査した郷土食
2.1. たまり醤油 前へ 次へ 目次
三重、愛知、岐阜の3県からなる東海3県で多く作られている醤油が、たまり醤油です。醤油には、濃口醤油、淡口醤油、たまり醤油、再仕込み醤油、白醤油の5種類があるのですが、これらは、原料の大豆と小麦の比率で決まっています。たまり醤油というのは、大豆と小麦の比率を比べたときに、8:2もしくは、10:0というようにほとんどが大豆から作られた醤油のことです。
これは、取材先で説明していただいた資料の一部ですが、色の違いが明確ですね。
一般的な分類の仕方は、このような感じなのですが、ではなぜ東海3県ではたまり醤油が多く作られているのでしょうか。
諸説ありますが、戦国時代、戦乱の世を生き抜くために保存食がとても重要なものでした。そのため、保存の効く醸造物は重宝されたと言われています。東海地方は、高温多湿であり、米の生産に適さない地域でした。そのため、大豆の生産を盛んに行なって、それを麹として用いて、醸造物である豆味噌およびたまり醤油を作っていました。そして、その製造方法を他国に知られないように、武将が厳重に管理していたため、東海3県のみに留まったと言われています。
ここからは、全国的に製造される濃口醤油との違いを見比べながら、たまり醤油の特徴を考えていきましょう。
製造方法において、たまり醤油では味噌玉を作るという工程があります。これは、濃口醬油では見られない工程です。これにより、嫌気性細菌と好気性細菌がどちらもうまく発酵し、醤油の美味しさに繋がります。他にも、味噌玉は、桶の中で発酵するのですが、食塩水が加えられた後、上部が乾燥しないように、汲みかけといって桶の中にたまった液を上部にかける工程もあります。これも濃口醬油では見られない工程です。たまり醤油は、とても手間暇かけて作られていることがわかりますね。
次に挙げられるのが、塩分の量です。たまり醤油を作る際には、食塩水が使われるのですが、その量は、原料である大豆と小麦に対して、たまり醤油の方が濃い口しょうゆより少ないのです。塩分は同じで水分(エキス分)が違います。
今回取材では、たまり醤油と濃口醬油を試飲させていただいたのですが、たまり醤油の方が、濃厚でした。この濃厚さは、どこから来るのでしょうか。
まず、うまみのもとであるアミノ酸、特にアスパラギン酸とグルタミン酸が多く含まれています。これにより、旨味がより感じられるのです。
そして、醤油のコクを担うのが、ペプチドです。ペプチドとは、タンパク質が一部分解されたものですが、それが、たまり醤油の方が多いので、濃口醤油よりもより深い味わいになるのです。
たまり醤油の中でも、味噌玉の大きさや、原料である大豆と小麦の分量の比率により違いが生まれるそうです。
(近藤恭平)
<調査協力>
サンジルシ醸造株式会社
三重県桑名市明正通1-572-1
http://www.san-j.co.jp/public/top
2.2. 伊勢たくあん 前へ 次へ 目次
今回漬物の枠では、三重ブランドにもなっている「伊勢たくあん」を作っている岩尾食品様に調査をさせていただきました。
建物の外に立って迎えてくださったのは、岩尾食品の社長、岩尾昇平様でした。早速伊勢たくあんについてのお話を伺い、そのあと工場の見学もさせていただきました。
建物に入り、三皿のたくあん漬けが待っていました。(左から右、一夜漬け、塩漬け、古漬け)たくあんたちを食べ比べながら、岩尾さんに詳しい話をお聞きしました。
お話は伊勢神宮から始まりました。たくあんの名前の由来は諸説ありますが、一番知られているのは沢庵和尚が広めたという説で、岩尾食品様にいただいた資料にも記載がありました。しかし、岩尾さんは「『沢庵』という二文字は、落ち着きのある場所に貯えられて、個性の強い味を小ぢんまりと閉じ込めている、という意味が含まれており、禅僧の差別用語でもあった」と説明してくださいました。
神宮があるからこそ、御塩殿(神に仕える塩)、御薗殿(神に仕える野菜)があり、原料が揃いました。そしてお米文化があるため、稲を干す技術と糠も揃いました。それに加え、糠、大根などを捨てずに、何とかして保存したいというご先祖様の食べ物を大切にする気持ちが、たくあんの生まれた経緯のようです。
次に、いただいたたくあん漬けの感想です。一夜漬けはゆずの香りもしていて、甘酸っぱくて食べやすかったです。おそらく若者も好むような味付けに工夫されているのだろうと思いました。塩漬けはとても塩気を感じました。特に美味しかったのは古漬けでした。取材当日は午前中にたまり醬油の取材もあったので、古漬けをいただいた際に、たまり醬油の味を思い出しました。食感はもちろん違いますが、口に残ったコクはすごく似ていました。岩尾さん曰く、それは自然発酵により生じたグルタミン酸などのうまみらしいです。濃厚なうまみ成分が口の中に広がりました。二人でぽりぽりと食べ進めるうちに、いつの間にかお米なしで古漬けの皿を空にしてしまいました。
伊勢たくあんのもっとも特徴的なところは、やはり自然乾燥の作業です。良い菌が繁殖でき、悪い菌はあまり活動しなくて、腐らずに干せる気温が必要であるため、伊勢地域でも11-12月しか干せません。北の方では大根が凍ってしまい、日本海側になると雨が多すぎるので、自然乾燥は伊勢ならではのやり方とも言えるでしょう。
大根を干す作業は冬に行われるため、今回の見学では大根を漬け込んでいる容器だけ見せていただきました。上にある石は均等に圧力がかかるように微調整されているそうです。
最後は三人で記念撮影をしました。こんな素晴らしい方の努力のおかげで、日本の伝統的な食文化が消えずに後世に伝わっていくのでしょう。
お土産に早漬け大根(塩漬け)と伊勢たくあん(古漬け)をいただきました。
(劉揚新)
<調査協力>
岩尾食品株式会社
三重県伊勢市東大淀町西大野3733-1
http://www.isetsukemono.co.jp/index.html
2.3. 手こね(手こね寿司) 前へ 次へ 目次
三重の南、志摩地方にある和具という地域で郷土料理として親しまれてきた料理が、手こね寿司です。その歴史は古く、船を手で漕いで漁をしていた平安時代に遡ります。釣った魚を海の上でさばき、自家製の味噌と醤油をかけて、持ってきた麦のご飯と一緒に、手でこねて食べていたのが始まりと言われています。
実は、地元の方々は「手こね寿司」とは言わず、「手こね」と呼んでいます。というのも、10年ほど前に志摩で食べられているこの郷土料理を、伊勢の方に持っていって飲食店を始めた方がおられ、その人が「手こね寿司」と言って振舞ったことから、現在では「手こね寿司」として親しまれるようになった経緯があるそうです。この「手こね」は、どんな魚でも作ることができます。地元の方は、その日釣れた穫れたての魚を使って、手こねを作ります。
今回の取材では、ビンチョウを使った「手こね」を頂きました。
梅で漬けたショウガがアクセントとなり、とても美味しいです。お店の方のお心遣いにより、カニも食べさせていただきました。
魚を漬けるタレは、醤油と砂糖でシンプルですが、漬ける時間にポイントがあります。10分か15分ぐらいだそうです。もう一つのポイントは、酢飯です。お酢だけではなく、砂糖と塩を使います。漁師や海女の方は、砂糖を多めに使い、栄養を沢山取れるような工夫があるため、普通の家庭で振舞われるような手こねよりも甘いそうです。
ちなみに、この手こねは、大きな桶にご飯と具を混ぜて作ります。このようにした方がおいしく、そして、みんなでそれを囲んで食べられるので、大家族で親しまれました。
そして、具に使われる魚は、冷凍の魚よりも生の魚の方が美味しいです。だからこそ、獲りたての魚を船の上で食べるのが一番なのでしょう。
(近藤恭平)
<調査協力>
和具浦荘
三重県志摩市志摩町和具2237−1
志摩いそぶえ会HP:
http://www.izumi-soft.co.jp/~scoal/isobue_koushiki/index.html
3. 最後に 前へ 目次
今回の食文化調査では、様々な方々に大変お世話になり、貴重な資料やその職に携わっているからこその経験を教えていただきました。私たちのためにお時間をさいてくださり、誠にありがとうございます。この場をお借りしてお礼を申し上げます。
参考資料
・三重県HP 県史あれこれ
(http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/arekore_index.asp)
・志摩いそぶえ会 きらりレシピ
(http://www.izumi-soft.co.jp/~scoal/isobue_koushiki/recipe.html)