北海道(旭川市、留萌市、滝川市)の食文化
調査班:多田駿介、吉井千尋 調査日:2019年3月18日-20日
1. 風土・歴史 次へ 目次
留萌市
風土 平均気温は7.7度で緯度の割には少し高いです。これは、暖流の影響によるものです。ですが、冬は寒くなるため、昔は野菜などを保存する方法として漬物などが作られていました。
歴史 江戸時代に松前藩は家臣へ報償を米で与えることができなかった為に、米の代わりにアイヌの人々との交易をする権利、漁業を行う土地を家臣に与えました。1844年にニシン漁場を開いたのが留萌でのニシン漁の始まりといわれています。
滝川市
風土 平均気温は6.7度です。内陸性の気候で夏は30度を超え冬は氷点下20度を下回る、豪雪地帯です。
歴史 明治時代、近代化に伴い羊毛製品の需要が高まりました。大正時代には第一次世界大戦の時の羊毛輸入が途絶えた経験から政府は全国5か所、北海道では月寒及び滝川に種羊場が開設されました。
旭川市
風土 夏と冬の温度差が大きいです。平均気温は本州の気そ温よりも低いです。
歴史 1890年に上川郡に初めて旭川村など3村が置かれ、1891年から開発の屯田兵が入植し、旭川は開拓が進められました。
2.調査した郷土食
2.1. ニシン漬 前へ 次へ 目次
ニシン漬は、北海道において広く食べられており、鰊、キャベツ、大根が主材料のお漬物です。我々が取材した田中青果さんのある留萌市は、江戸末期から昭和30年頃まで鰊などの漁を中心に栄えていた歴史があります。当時、留萌で獲れた鰊の多くは、鰊粕という肥料に加工され交易品になっていたそうです。
ニシン漬が産まれた経緯には、江戸から明治にかけて北海道の海運で活躍した松前船によって、北海道で獲れた上記の材料が集まったことによると考えられているそうです。一方で、留萌の人々にとって、二シン漬は冬を乗り越えるための保存食として重要であった側面もあります。留萌の冬は寒さと風が厳しく、農業だけでなく漁も困難であったと言われ、タンパク質とビタミンを同時に摂取出来るニシン漬は大きな役割を果たしていたと考えられます。
さて、ニシン漬の製造方法についてですが、具材となる鰊は本乾のものを使い、大根は晩秋に寒風干ししたものを使用します。また、先述のキャベツに加え、調味料としてざらめ、塩、鷹の爪、米麴を用います。
続いて発酵の作業ですが、田中青果さんの場合、主材料の各々を下漬けし、その後すべての材料を混ぜ本漬けにする二段仕込み製法とします。下漬けでは、米のとぎ汁で鰊を水戻しし、発酵の起爆剤としての土台を育むそうです。一方、本漬けでは、米の身の部分を麹として用い、まろやかさや酸味などの味を整えます。ざらめや塩で味付けを行うのも、この本漬けの段階です。ざらめと塩を両方用いることによって、浸透圧の作用がうまく働き同時に発酵が進み美味しくなるそうです。
ニシン漬は、本漬けにおいて一度に漬ける量が多いという特徴があります。北海道では気温が低いという土地柄上、低塩度で漬物を漬けることが可能です。そのため、ニシン漬を調理せずにおかずやお茶菓子として食べることが一般的でした。このようにニシン漬は消費量が多かったため必然的に多く漬ける必要がありました。一度に多く漬けるとなると、キャベツや大根は具材の重さでかなり体積が縮んでしまうため、大根はなた切り、キャベツはざく切りと大きく切って漬けるのもニシン漬の特徴です。(図1.1)
発酵が進む過程で、重しとして使う漬物石を減らしていきながら3週間ほど漬けこんでようやく完成でした。現在のニシン漬も低温下でじっくり発酵を進めており、先述の低塩度で漬けれる効果に加え日持ちさせる効果もあるそうです。そのため、漬けている間の温度管理にはかなり注意を払っているということでした。
ニシン漬の食べ方についてですが、昔は家の庭や倉庫などに樽で漬け込みをし、食べる分だけを取り出して食べるという風習があったそうです。また、冬の間の保存食であるニシン漬は、漬ける時期が12月~2月の零度下の環境であり、もちろん漬けている間に凍ってしまいます。そのため、ニシン漬はシャリシャリ感のある半分凍った状態で食べるのも伝統的だそうです。一方で、日持ちするニシン漬でも長く漬けていると酸味が増してしまうので、そうした場合は炒めたり、味噌を使って汁物として食べることもあるそうです。
続いて、食べる時期にも風習があり、正月に親戚を呼びニシン漬のどんぶりを囲んで食べるそうです。鰊は子沢山の魚なので、数の子のように「子孫繫栄」の縁起もあると思われます。また、3月末にも「やん衆」と呼ばれるニシン漁に携わる人々の活躍を祈願する「お祝い膳」としてニシン漬が食べられます。これは、正月用のものを11月末に漬け始めるのに対して2月末に漬け始めるそうです。鰊は「春告魚」とも呼ばれ春先に漁が始まるということでした。
これまで述べてきたように、ニシン漬は留萌を含む北海道の地域において伝統として残っている漬物です。しかし、1930年頃を境に急激に漁獲量が落ちてしいます。なぜ獲れなくなったのか明確な理由は分かりませんが、この時期を境に留萌の人口も減り街は衰退していったそうです。それでも、ニシン漬は食文化として根付いていたことから、現在も海外から輸入した鰊を地元で加工してニシン漬の生産は続けられています。
今回調査したニシン漬は、本州のものと大きく異なる漬物としての特徴に加え仕組みとともに留萌の街の歴史との深い関わりもあり、とても興味深いものでした。自分たちも試食してみて、お茶うけとしての漬物という新たな発見も得られとても面白かったです。ニシン漬の伝統が是非続いて欲しいと思いました。
今回の取材に協力してくださった田中青果の田中さんには誠にお世話になりました。多大なる御礼申し上げます。
<調査協力>
株式会社 丸タ 田中青果
北海道留萌市栄町2丁目4−24
http://www.yanshu-tanaka.co.jp/
2.2. ジンギスカン 前へ 次へ 目次
ジンギスカンに関しては名前の由来や発祥など、諸説あり、不明確なことが多いとされています。 そこで今回私たちは、味付けジンギスカンの普及のきっかけとも言われる松尾ジンギスカンについて株式会社マツオさんで取材させていただきました。今回の取材では、松尾ジンギスカンの生まれた経緯、味付けジンギスカンのタレの材料、調理方法、食べ方について取材させていただきました。
以下、私たちが取材を通して分かったことについて書きたいと思います。
まずはじめに松尾ジンギスカンの生まれた経緯について触れていきたいと思います。
松尾ジンギスカンは1956年、松尾政治さんによって創業されました。彼には、羊肉の独特の臭みを生ニンニクを用いず消し、家族全員でおいしくジンギスカンを食べてほしいという思いがありました。というのも生のニンニクを用いると小さい子供が食べ過ぎたときに体調が悪くなる恐れがあるからです。そして試行錯誤の結果、羊肉の臭みを消す独自のタレを作り上げました。このタレに漬け込んだ羊肉で食べるジンギスカンを味付きジンギスカンと言います。松尾政治さんはこの味付けジンギスカンを広めるために花見中の人々にタレにつけたジンギスカンを試食販売したそうです。
さて、タレの材料ですがリンゴや玉ねぎ 生姜、醤油、十数種類の秘伝の香辛料からできています。リンゴや玉ねぎは今も昔も地元の食材を使っています。そして調理の際にはそれらを生の状態で使用しています。これは、生のものは風味が良く、また、リンゴの酵素は肉を柔らかくするからだそうです。このモミダレに羊肉を漬け込み、羊肉特有の臭みを消し、肉本来の旨みを引き出す製法を用いています。
次に調理方法です。ジンギスカンを調理する際は、中央が凸状の鍋を用います。(図2.1) 山の下の部分にまず野菜を置きます。羊肉を鍋の丸いところに乗せて上からタレをかけます。この時、肉汁とタレで野菜が煮られるような様子となります。(図2.2)焼きすぎると固くなってしまうので、固くなる前に食べたり野菜の上に置いたり、食べたりするなどしてそれ以上焼けすぎないように注意します。
最後にジンギスカンの食べ方ですが、焼き肉を家では煙が出るのであまり食べないのと同様に、普段はバーベキューやお花見、お店で食べられることも多いようです。北海道の大学では新入生の歓迎会でジンギスカンパーティー(略してジンパ)などを開くことがあるそうです。この様にジンギスカンは北海道の生活と関わり合っているようです。
ジンギスカンには謎が多く、名前の由来や鍋の形など諸説あるとのことです。特に、興味深かったのはなぜ羊肉を食べる文化が北海道で広がっていったのかです。1918年、日本は政府によって軍需羊毛の確保の為に全国5か所(北海道2か所、茨城県、兵庫県、熊本県、各1か所ずつ)に種羊場を置きました。しかし、1950年半ば海外からの安い羊毛の輸入により国内のめん羊用飼育数が減少し始め、めん羊飼育は終焉を迎えることになりました。そこで、北海道では、めん羊産業から羊肉産業へと方向転換をすることとなりましたが、他の県ではそうならなかったようです。この様に北海道以外でも羊肉を食べる文化が発展するきっかけがあったにも関わらず、なぜ北海道のみで羊肉を食べる文化が発展したのかは不思議です。
今回の調査では、株式会社 マツオの川崎様のご協力により味付けジンギスカンについて興味深い事を知ることができました。川崎様には誠にお世話になりました。多大なる御礼申し上げます。
<調査協力>
株式会社 マツオ
北海道滝川市流通団地1丁目6番12号
http://www.matsuo1956.jp/
2.3. 北海道味噌 前へ 次へ 目次
今回は北海道の味噌を調査させていただくべく、旭川市にある北海道味噌株式会社さんの工場に取材してきました。
まず、北海道味噌の歴史について説明します。北海道の味噌の歴史はそもそも醤油と共にありました。北海道の歴史に味噌・醤油が初めて登場したのは、開拓功労者である江差の商人、鈴鹿甚植右衛門が安政4(1857)年味噌6万樽を醸造して蝦夷地のほか、京・大阪・江戸などにも移出しようとする計画を立てた記録にあります。
明治2(1869)年に「開拓史」が設置され蝦夷地が北海道と改称された影響もあり、明治4年篠路村に官営醤油醸造所が建てられ、北海道で最初に味噌と醤油が生産される場所となりました。明治期に北海道の主要生産物である大豆が農業開拓の進展と交通輸送手段の拡充により増産されるようになったことに伴い、良質な大豆が生産され醸造業も盛んになったということでした。
その後、戦時中の1944年に北海道味噌の生産量がピークになったそうです。戦後は、自由競争時代となり広告業も盛んとなったことで本州のブランドの味噌が移入してきて北海道の企業を圧迫することもあったそうです。しかし、北海道では、大豆の農場や工場などの味噌生産の豊かな基盤を活かして、企業の再編も進め、安全安心の品質重視指向により着実に企業力を高めていき、道内生産量を盛り返すことに成功したそうです。今日、味噌の国内生産量45万トンのうちの7%が北海道で生産されるようにまでなっています。
味噌の製造方法は、使用する原料や配合、製造工程の違いなどで地域により種類や特徴は多岐にわたります。この工場では米みそを生産していましたが、製造方法は他県の米みそと基本的に大きく変わるところはないとの事でした。製造過程について説明すると、まず大豆と米それぞれの選別・洗浄に始まり、続いて水に浸漬させる。大豆は、蒸煮、冷却、ミンチでこしの作業を経てペースト状の蒸煮大豆とします。米に対しては、蒸してから麹菌を植え、一定の時間で温度を管理しながら麹菌を育てることで米麴にします。
出来上がった蒸煮大豆、米麴に食塩を加えて混合したものを大きな容器につめて発酵の過程へ移行する。温かい場所から寒冷な環境に移すほか、容器の中身をひっくり返す作業(切り返し)を行い熟成させる。最後に、酒精を加えて調合することで完成となります。
北海道は大豆だけでなく米も日本有数の生産地ですが、米麴に使用する米は道産のものだけではなく輸入しているインディカ米も利用していました。インディカ米を使用する理由は、コスト面だけではなく、蒸米が粘りにくく麹菌が均一に付着し易いメリットもあるとのことでした。米の種類により出来上がる味噌の風味も違うとの事で、味噌の品種に応じて米も使い分けていました。
また、最後に行う調合では、商品の品質を一定に保つために、発酵の進んだ色の濃い味噌とあまり進んでいない色の薄い二つの味噌を混ぜ味を調整していました。使う味噌は材料や混合割合は同じですが、熟成の浅いものは色が薄く甘い、熟成を進めたものは色が濃く旨味が多いという特徴があるそうです。あとはパッキングをして商品の完成です。
以下は工場の写真です。
図3.3 保管して発酵させている様子 図3.4 パッキングの様子
ところで、北海道味噌は東北や関東、信州の味噌と同じ麴割合が5~10割の辛口味噌でした。ルーツが東日本にあると考えられているそうです。北海道味噌は、辛口味噌のなかでも麹割合が高めで甘めの味噌ということでした。
北海道味噌の特徴を製造過程や材料について、他の味噌との違いを尋ねたところ、あまり差はないということでした。一方で、味が異なる要因として、工場に住み着いている土着の菌や気候・水など立地環境の影響が高いということもおっしゃていました。
北海道では、有名な石狩鍋や味噌ラーメンの他、三平汁やちゃんちゃん焼きといった味噌を使った郷土料理が非常に多いことが調べて分かりました。味噌の伝来は比較的最近ではあるが、北海道のような寒い地域では味が濃い物が好まれているかもしれないということも取材で分かりました。このたび調査に協力してくださった北海道味噌株式会社様には誠に御礼申し上げます。
(吉井)
<調査協力>
北海道味噌株式会社
北海道旭川市豊岡3条9丁目
https://www.tomoechan.co.jp/tour/asahikawa/
3. 最後に 前へ 目次
最後に、私達の稚拙な質問に丁寧に答えてください誠にありがとうございました。お陰で食材について多くの事を学ぶことが出来ました。
自分の専門は土木なので発酵食品とは縁もゆかりもありませんでしたが、この調査を通して発酵についての知識を得られたのも良かったです。また、調査に携わったことで、漬物の美味しさと発酵過程の関りなどの発酵に関する研究に対する興味も増したため、今後の研究室の活動にも期待しております。
最後になりますが、食文化調査という貴重な経験の機会を与えてくださった山田研、及び準備の手伝いをしてくださった矢後さん、竹下さん、そして、調査に協力してくださった企業の皆様へ御礼申し上げます。
参考資料
1. 旭川市HP 旭川市の気候
(http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/700/701/summary/d059887.html)
2. 旭川市HP 旭川市の概要
(http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/1400/1413/index.html)
3. ソニー生命保険株式会社HP 47都道府県別 生活意識調査2018(生活・家族編)
(https://www.sonylife.co.jp/company/news/29/nr_180201.html)
4. 旭川市環境白書 平成30年度
(https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/271/307/3081/p002785_d/fil/H30kankyohakusyo.pdf)
5. 平成29年度 旭川市民アンケート調査報告書
(http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/700/723/730/d053956_d/fil/h29anquateall.pdf)
6. 留萌市HP 留萌市の概要
(http://www.e-rumoi.jp/shisei/rum_00001.html)
7. 留萌振興局HP 地勢・気候・人口
(http://www.rumoi.pref.hokkaido.lg.jp/kk/rkk/kannai-tisei.htm)
8. 北海道留萌地方 留萌の気温、降水量、観測所情報
(https://weather.time-j.net/Stations/JP/rumoi)
9. 留萌市HP 平成30年度 市民まちづくりアンケート集計結果
(https://www.e-rumoi.jp/content/000049442.pdf)
10. 留萌市HP 平成30年度 留萌市統計書 第2章人口
(http://www.e-rumoi.jp/content/000049829.pdf)
11. 留萌市HP 平成30年度 留萌市統計書 第3章産業
(https://www.e-rumoi.jp/content/000046079.pdf)
12. 留萌振興局HP 留萌の漁業ヒストリ
(http://www.rumoi.pref.hokkaido.lg.jp/ss/num/shoku/gyogyou-history.htm)
13. 北海道空知地方 滝川の気温、降水量、観測所情報
(https://weather.time-j.net/Stations/JP/takikawa)
14. 滝川市HP 滝川市のプロフィール 【位置・気候】
(http://www.city.takikawa.hokkaido.jp/200soumubu/03kikaku/01profile/prof5.html)
15. 各市区町村の居住地における平均標高
(http://www.csis.u-tokyo.ac.jp/dp/dp68/68_1.pdf)
16. 滝川市HP 滝川市のプロフィール(歴史)
(http://www.city.takikawa.hokkaido.jp/200soumubu/03kikaku/01profile/prof6.html)
17. 滝川市 藤井 泰行
(http://www.asa.hokkyodai.ac.jp/research/staff/kado/takikawa.pdf)
18. 滝川市HP 年計画マスタープラン策定会議 平成21年10月27日会議資料3(その2)(http://www.city.takikawa.hokkaido.jp/200soumubu/01soumu/01soumu_g/03shingikai/tosikei/files/20091027-4102tosimasu02siryou03-2.pdf)
19. 滝川市HP 滝川市と農業の概要
(http://www.city.takikawa.hokkaido.jp/230keizai/06nousei/02ninaiteikusei/takikawagaiyo.html)
20. 松尾ジンギスカンホームページ
(http://www.matsuo1956.jp/about/)
21. わが国におけるめん羊飼育の現状と問題点
(日本畜産学会北海道支部会報 第23巻 第2号 昭和56年)
(https://hlgs.jp/archive/hbjszs_23-2-07.pdf)
22. もやし生産者協会
(http://www.moyashi.or.jp/nutrition/)
23. 日本食品標準成分表
(http://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1365419.htm)